電子タバコと言えば、あの水蒸気の煙が出るパイプの様なものであるが、これが最近かなりの進化を見せているらしい。
私もフィットネスをするにあたって、一番初めに実行したのが禁煙。
禁煙だけで一ブログできてしまうのでここでは割愛してきたが、禁煙パイポから電子タバコにすぐに変更していたのだ。
なにせ、たばこにしろお酒にしろ「嗜好品」と呼ばれるものは、単に口寂しいからそれっぽいものを...というのではまるで意味をなさない。
基本的に嗜好品にハマる人は、生活のルーティンの中にそれを組み込んでいて、定期的にそれを手にして使用する事で安心感を得るのだ。
いままでパイポにたりなかぅたのは、「愛着が持てないプラスティックの筒」であったため、ニコチンの習慣性の魅力にとても勝てなかったと思う。
そこで、電子タバコの登場だが、これも初めはかなり味気ない金属の筒だった。
これが今や、アクセサリーや、機械のようなディテールで、リキッドやらアトマイザーやらと、凝り性の人間を刺激するコレクトアイテムが続々と電子タバコ通販でリリースされている。
カッコいいアイテムを探しては、ポケットに入れて、気が向けばカチャカチャと組み合わせだアイテムで好みのフレーバーを楽しむという一連の動作が、「嗜好品」としての刺激をクリアーできるレベルに到達していると私は考える。
2014年12月29日月曜日
2014年12月19日金曜日
留学の思い出とブラインド
毎朝起きての最初の仕事、それは、「ブラインド」を開けること。
今日の空はどんな表情をしているのだろう。
そんなことを想像しながら、寝室のウッドブラインドに手を伸ばす。
このブラインド。
もちろん、それぞれの家庭の大切な顔ではあるのだけれど、実はそれ以上の意味を持っていた時がある。
90年代に留学中のこと。
とにかくアメリカへと行きたくて行きたくて、必死でお金を貯め、海を渡った。
そして、迎えた留学生活。
もちろん、日本人としてアメリカ人と机を並べることは大変だった。
けれども、長年の夢が叶ったという喜びからそんなことは苦労のうちには入らない。
そして何よりも、毎朝ブラインドを開けるのが楽しみだった。
アパートの下を見ると、足早に行き交うビジネスマン、冬だというのに半袖を来ているアメリカ人学生。
アメリカの縮図が窓の外には溢れていた。
でも、こんな日本では見られない光景にただただ嬉しさがこみ上げるばかり。
あれから約20年の月日が経った今。
毎朝ブラインドを開けると見えるのは、ビジネスマンでもなく、半袖のアメリカ人学生でもなく、ホームレスでもない。
娘に太ってキモいと言われてダイエットをしている中年のサラリーマンだ。
今日の空はどんな表情をしているのだろう。
そんなことを想像しながら、寝室のウッドブラインドに手を伸ばす。
このブラインド。
もちろん、それぞれの家庭の大切な顔ではあるのだけれど、実はそれ以上の意味を持っていた時がある。
90年代に留学中のこと。
とにかくアメリカへと行きたくて行きたくて、必死でお金を貯め、海を渡った。
そして、迎えた留学生活。
もちろん、日本人としてアメリカ人と机を並べることは大変だった。
けれども、長年の夢が叶ったという喜びからそんなことは苦労のうちには入らない。
そして何よりも、毎朝ブラインドを開けるのが楽しみだった。
アパートの下を見ると、足早に行き交うビジネスマン、冬だというのに半袖を来ているアメリカ人学生。
アメリカの縮図が窓の外には溢れていた。
でも、こんな日本では見られない光景にただただ嬉しさがこみ上げるばかり。
あれから約20年の月日が経った今。
毎朝ブラインドを開けると見えるのは、ビジネスマンでもなく、半袖のアメリカ人学生でもなく、ホームレスでもない。
娘に太ってキモいと言われてダイエットをしている中年のサラリーマンだ。
2014年12月5日金曜日
遺言書
私は10数年前に、母を病で亡くした。
母の主な財産は、私のために残してくれていた貯金と、購入したら百万はするだろうと思われる宝石。
貯金のことは、私が家庭を持つまでその存在を知らなかった。
その分のお金は母の死後から約8年間、ずっと父が管理していてくれた。
また、貴金属については一部を形見として貰いましたが、あくまで形見としてしまってある。
他にも細かい財産はあるが、特に遺言があったわけではないし、父が健在なのでなんとなくそうしたものに触れるのは悪いということで、手つかずになっていた。
一応家長で、かなりの堅物の父が総合的に管理しているので、遺産をどうこうするということは特にないなと。
実家の部屋も母が居た時のままになっており、私も宝石を譲り受けたと言っても実際に身につけているのは数あるアクセサリーのうちの1つ2つくらいしかない。
世間では遺言のある無しでその後の相続にもめている人が多いとくが、私の家の場合は2人兄弟なので、まず遺言と遺産をめぐる争いがないと考えていた。
ただ、最近父が遺言を名古屋の司法書士に頼んで作成したと聞いた。
私と兄弟で分けるときに、余計な事に考えを巡らせないでスムーズに事が運ぶようにという事だったが、堅物の父らしいなと思った。
母の主な財産は、私のために残してくれていた貯金と、購入したら百万はするだろうと思われる宝石。
貯金のことは、私が家庭を持つまでその存在を知らなかった。
その分のお金は母の死後から約8年間、ずっと父が管理していてくれた。
また、貴金属については一部を形見として貰いましたが、あくまで形見としてしまってある。
他にも細かい財産はあるが、特に遺言があったわけではないし、父が健在なのでなんとなくそうしたものに触れるのは悪いということで、手つかずになっていた。
一応家長で、かなりの堅物の父が総合的に管理しているので、遺産をどうこうするということは特にないなと。
実家の部屋も母が居た時のままになっており、私も宝石を譲り受けたと言っても実際に身につけているのは数あるアクセサリーのうちの1つ2つくらいしかない。
世間では遺言のある無しでその後の相続にもめている人が多いとくが、私の家の場合は2人兄弟なので、まず遺言と遺産をめぐる争いがないと考えていた。
ただ、最近父が遺言を名古屋の司法書士に頼んで作成したと聞いた。
私と兄弟で分けるときに、余計な事に考えを巡らせないでスムーズに事が運ぶようにという事だったが、堅物の父らしいなと思った。
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